精神と命に危機を感じる言葉の暴力

出来ない、わからない事、そのまま放置していませんか?

「心と言葉と行動」これは人生を幸せに導く法則でもあります。

「無知は罪」という言葉があります。様々な知識を学ぶと理解できる言葉です。

現代は自分の命にもかかわる教えのある言葉、ママという人には至ってはかわいい我が子の命にもかかわる言葉だと感じます。

なんでもスマホで簡単に検索、回答、それは本当に正しいことでしょうか?

それで、できるようになりましたか?

自分は受け入れられましたか?子どもは変わりましたか?

知識を持たず、自分の意見を押し通す、そこには何がありますか?

自分の周りから見られる賞賛?プライド?見栄?

実際に生きていくうえでそんなものは必要ありません。

いい加減、周りの意見や一般論は忘れて、自分の家族が幸せになれる愛のある生活をしませんか?

自分が変わるチャンスは、自分で作るんです

世間が、相手がどうとか、親が、親せきが、みんなと一緒が、なんてもうどうでもいいんです。

あなたは大切なパートナーと巡り合い、この先の未来を共に愛を持って生きる決心をしたのですよ。

自分の身体を酷使しながらもその子を産んで育てていく覚悟と幸せを願ったからこそ出産という道を選んだはずです。

未来を幸せにする幸福の考え方は相手を思う心、思いやりであり、押し付けではありません。

子どもはものではありません。欲しいと思い手にしたけど命あるものです。そして子供でいるうちは親依存でしか生きていけません。

「捨てる」や「戻す」などの他の代物とは違います。

あまりにも、安易に他人の持ち物を欲しがる日本人のいけないところだと思います。

またそれを煽るマスコミや報道、そこには国民から集めた税金を自分たちのものと勘違いしてる国の在り方、それを目当てに口巧みで人の心理を利用している人達が多くいます。

未来を幸せになるために人は孤独から抜け出しパートナーを見つけ生きていきます 。それが先祖を繋ぐ事でもあります。

過去に言及ばかりし怒りが出るなら、パートナーとなった相手にどれだけの事をやってもらってきたのか、そこにはお互いの苦労がどれだけあったのか、今きちんと考える時です。

自分の内側と向き合い、人生を大きくかえるのはいつだって今までしてこなかった新しい行動であり、挑戦です。

生まれてきた赤ちゃん、幼い幼児の頃は、親と一緒にたくさんの体験、経験が一番必要になります。

どんな風に遊ぶと、何ができるようになるのか、危ないとはどんなことなのか?虫や花は地球にっどんな役割をしているのか?人とのコミュニケーションはどのように接する事でできるようになるのか?などなど人として生きる上で必要最低限のルールなどを含めて、教えていかなければならない事はたくさんあるからです。

英語や歴史の基礎学力はその子がなぜそれを学ぶのか?楽しいと思える環境が出来てからでも全然手遅れではありません。

学問はいくつになっても学びたいと思う気持ちがあればできます。

それよりも、この世を生きていく「命」を守るうえで大切なこと、人とのコミュニケーションのあり方、生活に必要最低限のルール、栄養・予防医学の知識や、子どもの脳と心は基礎体力に比例し幼児期に外でたくさん遊ばせることがどれだけその子のその後の身体の成長や学習能力にかかわるのか、興味・関心・好奇心を持たるように育てる事がどれだけ大切かを知ってください。

この時代は生きにくいかもしれません。

でも、子育てはそれだけ責任のある仕事です。大切な時期を人任せにして愚痴をこぼしてはいけません。やってもらうなら我慢してください。

人生の中で自分を幸せにするために何よりも夫婦にとってかけがえのない仕事、それが子育てです。

大変で辛くて時間がかかり、自分の自由は後回し。だから親も成長します。

子どもに幸せになってもらいたい、子どもが中心、愛を持ってその時間を過ごせたなら、愛を持って倍になる幸せな言葉を子どもからもらえるのが子育てです。

その言葉があれば、巣立つ子どもに依存はしないでしょう。

私は幸せ、安心してこの世の先を見守りながら生きていく、そこから自由はたくさん手に入ります。

ほんの少しの拘束、同じ時間はもう二度とやってきません。

今、その子の成長を共に楽しみ、共有してたくさんの愛のある言葉を与え続けてあげて下さい。

自分軸で生きる人は常に自分だけ。心を満たす幸せは訪れません。

今の自分の自由がない、人の目ばかり気になる、(迷惑ばかりかける、我がままばかりいう)

子どもと向き合わない、放置する、声掛けをしない、世話をしない、躾けない、スキンシップをしない、笑顔を見せない、あんたなんか産まなきゃよかった、あんたなんかいらない、いなくなれ、出ていけ、あんたなんか死ねばいい、あんたなんか嫌いだ、あんたなんか私を不幸にする、そんな言葉の奥にあるのは自分の見栄やプライドではありませんか?

産んだのはあなたです。その子の今の姿はあなたが作ったのです。子どもに罪はありません。