母体からの影響か?

1月16日、妹はこの世を去りました。

最後まで泣き言を言わずに頑張ってきました。本当にお疲れ様でした。

それから葬儀やらと手順通りに進めていきました。

お通夜には、日々、妹の子ども達と一緒に過ごしてくれていたクラスのご家族や先生たちも来て下さり、本当にありがたい限りでもあり、また自分より若い人の葬儀はとても苦しく辛いものだと涙があふれ出てきました。

日本人は今あまり死生観がありません。「死」と向き合う事はタブーとされている世の中があります。でも人の人生は、明日何があるかわからないのです。

阪神大震災、転勤でちょうど大阪にいました。大きく縦揺れが起きて、今この先、どうなるのかと不安になった経験。

東日本大震災、こちらも東京に戻っていたため、とある学校の中で揺れを体験しました。阪神大震災とは揺れ方、大きさなどが明らかに違います。

どちらも予告もなしにやってきます。そんな事は震災に限らず、歩いてる上から大物が落ちてきて命の危険が迫ったり、電車が急に衝突したり、注意していても車、飛行機、路上、室内など、命の危険はたくさんあるんです。

今はコロナという感染が拡大していて、医療に頼り切りだった日本人の死生観が変化を見せてきていると思います。人は必ず「生」があれば「死」がとなり合わせです。

自分より若い身内の死、2度の震災などを体験した事で、「生きている時間の使い方」「自分が存在する本当に大切な事とは」などを深く考えさせられた時間でもありました。

とても寒い1月の中頃、一通り終わり帰る時は、下の2歳の甥っ子は寂しくなるのが嫌で涙を流して叫んでいました。残された子どもたちの心境、でもママにはなってあげられない自分、とても心が苦しかったのを覚えています。

それから2年くらいが経過したある日の出来事。

2歳の甥っ子も癌だと連絡が入りました。

「えっ?」